就任のご挨拶
高度情報社会と呼ばれる時代となって久しいですが、実際には私たちの学業にかかる生活にはあまり変化がないと思っています。確かに、新しい技術の発達によって、情報へのアクセスや蓄積などは簡単にできるようになりました。それに伴い、コンピュータやインターネットを使用した技術が生活の隅々にまで行き渡り、日本社会に生活している以上、このようなメディア技術を使用しない生活は想像がつかないほどです。ただ、高度情報社会が到来し、膨大な情報へのアクセスや蓄積が可能となっても、個人で処理できる情報量には限度があります。どんなに有用な情報が得られる可能性が高まっても、可能性でしかないですし、実際にそれを活用するのは能力に限りがある人間です。
将来、AIが人間を代替し、人間のすることがなくなるという社会が到来するかもしれませんが、今はまだそれぞれの頭を使って、手を動かして、議論して、情報を処理していかなければなりません。50年前の人間の情報処理能力よりも、現在の人間の能力が高まっているという生物進化をしているとは到底思えません。日々、少しずつ情報収集の努力をして、さまざまな学術的問いについて取り組んでいくという点で変化はないのではないでしょうか。
おまけに情報を探すという行為についても、コンピュータやインターネット任せにしているとあまり良いことはないと言われています。情報検索はキーワードを入れておこないます。インターネット利用には予測エンジンが搭載されているため、利用者の志向や価値に適合的な情報を優先的に示してくれます。このような環境に身をおいていると、世界は自分の考えや志向、価値と同一なものであふれていると誤認することになります。この状況をイーライ・パリサー(2011=2016)は「フィルターバブル」と呼びました。
実際の社会は、志向や価値のバリエーションは多彩であり、同じ考えや趣味を持つ人に出会うことのほうが難しいくらいです。しかしフィルターバブルに包まれていると、異なる考えや意見に出会うことが難しくなります。
図書館は古いメディアです。しかし、図書館で書棚を少し眺めるだけでも、これまで興味のなかった世界があふれいてることを簡単に感じることができます。思ってもみなかった方向から有益な情報を見つけることもできます。そして図書館は読書やメディア視聴するためだけでなく、共に調べたり考えたり、議論したりすることもできる交流の場でもあります。海外の大学には、バーやカフェが併設されている図書館がとても多いことを考えても、図書館は、書籍、電子メディア、人間など、あらゆるものから多彩な情報を収集可能な、学術の進展を支えているメディアだといえます。
弘前大学附属図書館が学術の礎として機能するメディアとなるよう尽力いたしますし、知に集うみなさまのご協力のもとにより良い図書館を模索してまいります。どうぞよろしくお願いいたします。
2022年5月
弘前大学附属図書館長 羽渕一代